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新潟家庭裁判所 昭和59年(家ロ)502号 審判 1984年11月30日

申立人 山本秀子

相手方 山本勇治

主文

相手方は、申立人に対し、即時金四八万円を、昭和五九年一一月から本案審判が効力を生ずるに至るまで、毎月末日限り金八万円を仮に支払え。

理由

一  申立ての趣旨

相手方は、申立人に対し、婚姻費用の分担金として、毎月一五万円を仮に支払え。

二  申立ての実情

(一)  申立人と相手方とは昭和五七年七月七日婚姻届出をした夫婦であるが、折り合いが悪く昭和五八年一月一〇日から別居中である。

(二)申立人は、現在○○○○○株式会社に事務員として働いているが、その収入は少なく、美容院の費用にもこと欠く状態である。

(三)  相手方は、医師として○○○○病院に勤務し、年収一〇〇〇万円の収入がありながら申立人からの婚姻費用の分担(以下、婚費分担という。)請求に応じない。

三  当裁判所の判断

(一)  本案審判の申立認容の蓋然性-婚費分担義務の有無及び程度-一件記録によると

ア  申立人と相手方とは昭和五七年七月七日に婚姻届出をした夫婦であるところ、婚姻当初から夫婦仲が悪く、いつたん別居の上もう一度やり直すこととなり、同年一〇月から相手方の父母とも一緒に改めて同居生活を始めたが、間もなく相手方の父母との折合いも悪くなり、夫婦仲も険悪状態になつて、昭和五八年一月一〇日申立人が家を出、以来別居中であること。

イ  申立人は、別居後相手方が婚費分担に全く応じないため生活に困り、アルバイトなどして働いていたが同年八月から現在の○○○○○株式会社に事務員として勤め、平均月収税込み一二万六九八〇円の給与の支給を受けていること。

ウ  相手方は、当時○○大学医学部附属病院に内科医として勤務していたが、昭和五九年五月医療法人○○○○○○○病院に転職し、以来同病院の内科医として平均月収税込み七九万三〇〇〇円の給与の支給を受けていること(この月収入のほか、将来賞与の給与はないのか、また新潟当時に認められるような副収入はないのか、目下のところいずれも不明)。

なお、相手方の父山本修(明治四四年八月生)及び母きぬ(昭和二年一月生)は、申立人らが最初に別居した昭和五七年九月ころから現在まで引続き相手方と同居中であるが無職(もつとも、相手方の父には国民年金収入がある。昭和五八年度分は三六万二一〇〇円)で、相手方が専ら扶養していること。

エ  相手方から昭和五七年一二月に再度の離婚調停の申立てがあり、これが不調となり、目下新潟地方裁判所に離婚訴訟が係属中であること。

が認められる。

このように、当事者双方は昭和五八年一月以来別居し、現在離婚訴訟中であるばかりでなく、一件記録によると、双方の不信感は根強く、その婚姻関係はもはや回復し難い程度に破綻しているようにも見受けられるが、その破綻原因については、双方の言い分が全く食い違つており、これまでの当庁の事実調査並びに訴訟の審理の結果に照らしてもなお判然としない部分が残されているものの、相手方の主張するように申立人に全面的に破綻の原因ないし責任があるものとはとうてい認められず、円満な婚姻共同生活を維持するについて互いに欠けるところがあつたものと認められ、その責任の程度はとも角、双方ともに破綻(別居)につき責任があるものと認めるのが相当である。

とすれば、双方の婚姻関係が既に破綻しているとしても、これが存続する限り、相手方は申立人に対し婚費分担義務を免れ得ないものと解すべきであるが、他方同居協力義務を果たしていない申立人が、相手方に対し円満な婚姻共同生活を営んでいる場合と同程度の婚費分担義務を求めることは許されず、申立人の同居協力義務懈怠の度合に応じ、相手方の婚費分担義務も軽減されるものと解するのが相当である。

ところで、相手方は、前記のとおり昭和五七年九月ころから相手方の父母と同居し、以来相手方が専ら父母を扶養していることが認められるが、この相手方の老親に対する扶養義務は、父母との同居の有無にかかわらず、その子どもである相手方及びその兄妹らが互いの資産、収入に応じて分担すべきものであり、他方、相手方の申立人に対する婚費分担義務(夫婦間の扶養義務)は双方の婚姻共同生活を維持するために不可欠なものであるから、本来ならば、後者は前者に優先すべきものであるが、本件においては、前記のとおり申立人自身にも破綻(別居)につき一半の責任があることに加え、別居後、相手方の母が相手方の身の回りの世話を一切している事情をあわせ考えると、破綻についての双方の責任の程度が不分明な現時点での仮払仮処分としては、両者間に優先劣後の関係はないものとして扱うのが相当である。

なお、一件記録によると、別居中の昭和五八年二月二六日、申立人が相手方のキヤッシュカードを利用し、そのころ相手方所有に係る銀行預金一四九万円を無断払戻し、これを別居に伴う住居の確保やその後の生活費等に充当し、同年末ころまでに概ねこれを費消していることが認められる。

このような場合、通常ならば、婚姻費用の前渡しとしてこれを前提に別居中の婚費分担義務を形成すれば足りるというべきであるが、相手方はこれを強く拒否しており、他方申立人は、この一四九万円をもつて昭和五九年三月ころまでの婚姻費用の前渡しがあつたものと認め、さきに申立てた婚費分担調停事件をいつたん取下げた上、相手方の札幌転勤を契機に改めて本件の婚費分担の調停を求めていることに照らし、この一四九万円は将来本案申立以前の過去の婚費分担分と別途清算すべきものとし、本件においては本案申立後の婚費分担分について判断することとする。

(二)  婚費分担額の試算

現在までに判明している当事者双方の平均収入並びに前記(一)の判断を基礎に、実務上一般に有用なものとして採用されている、いわゆる労研方式によつて相手方の婚費分担額を試算すると次のとおりである。

ア  相手方の一か月の平均手取収入は、その税込み平均収入月額七九万三〇〇〇円から所得税、市県民税、社会保険料、社内会費計一七万一一五〇円を控除した六二万一八五〇円であるから、その可処分所得はこれからその二〇%の職業費及び家賃五万円を差引いた四四万七四八〇円とみるのが相当である。

イ  申立人の一か月の平均手取収入は、その税込み平均収入月額一二万六九八〇円から所得税、社会保険料、社内会費計一万五二二六円を控除した一一万一七五四円であるから、その可処分所得は、これから家賃三万五〇〇〇円を差引いた七万六七五四円とみるのが相当である。

ウ  労働科学研究所の総合消費単位表によると、関係者の消費単位は、申立人九〇、相手方一〇〇、相手方の父九五、相手方の母八〇に、独立の世帯主として申立人及び相手方に各二〇を加算したものとなる。

エ  そこで、申立人の必要生活費は

(447,480+76,754)×(110/(110+120+95+80))+15,226+35,000 = 192,610.54

となるので、これから申立人の手取収入一一万一七五四円を差引いた八万〇八五六・五四円がこの計算方式による相手方の婚費分担額となる。

(三)  保全処分の必要性

本案審判において相手方の婚費分担額を決定するためには、当事者双方の年間収入を確定するほか、本件においては特に双方の婚姻関係の破綻の原因ないし責任を見極めることが肝要であるが、そのためにはなお相当の審理を必要とするところ、申立人にその有責の事実のあることを考慮しても、申立人は現在年収一〇〇〇万円にも及ぶとみられる相手方の配偶者としてはかなり切りつめた生活を強いられていることが認められるので、前記認定の試算額並びに申立人の収入及び現在の生活状況その他本件に現われた一切の事情を考慮し、昭和五九年五月から本案審判が効力を生ずるに至るまで一か月金八万円の限度において仮払仮処分の必要があるものと認め、家事審判法一五条の三第一項、家事審判規則五一条、五二条の二を適用して、主文のとおり審判する。

(なお、申立人は、その送金方法として、○○銀行新潟支店申立人名義の普通預金口座××××××に振込みを希望している。)

(家事審判官 栗原平八郎)

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